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補導って、悪いこと?

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少し前に何となく書いた文章が発掘されたので、公開します。

以下、発掘文。

僕は一度、火遊びで警察に補導されたことがある。補導されたのがこれ一回というだけで、もちろん未だ人には言えないような余罪がある。

 しかしもう反省した。「悪事をはたらいてはいけない」や「決まりを守る」というのを学んだのではなく、「悪いことだと思ったらやらない」ではあるが。 

 だって考えてみてほしい。特に深い意味もなく「これはだめですよ」と提示されてそれをただ守るなんて全く面白くないじゃないか。いやいや、ちゃんと明確な根拠があるから決まりが作られるんでしょうと、ここまで読んだあなたは当然ながら思うだろうが、本当にそうだろうか。

 例えば大麻。日本では所持が認められていないが、他の国へ行けば嗜好品として簡単に持ち歩くことができるところもある。日本国内では大麻は完全に麻薬その他「薬物」と呼ばれている者たちと同じ括りにされ厳しく規制されている。「明確な根拠があるから決まりが作られる」ならその逆もしかり、「明確な根拠があるから決まりが緩和される」のではないか。

 ちなみに大麻の規制は待ったくもって無意味である。危険性はタバコとほぼ変わらないし、依存なんて何にでも起こりうる(依存性は本当に身近なところに潜んでいる。チョコレート依存症なんてものもあるくらいなのでほんんとうに身近に……)。大麻を規制するならいっそタバコも、と言いたくなるくらいなのだ。

 大麻草の危険性をどう評価するかは情報が錯綜している日本では大変難しいので読者様にお任せするが、交番などに貼られているポスターなどは間違いなく危険性が誇張されているというのは頭に入れておいてほしい。

 と、話が逸れた。「決まりを守る」ことについてだ。決まりを守らないことは本当に悪いことなのだろうか、と僕は真剣に悩んでいる。

 最もわかりやすい決まりは、法律だろう。もちろん窃盗や殺人、傷害など明らかに不利益を被るものはしっかり取り締まるべきだと思うが、ここではもう少しマイナーなものに目を向けてみよう。

 火遊びは、引火しやすいものが周りにある状態で行うと「軽犯罪法違反」となるらしい。家庭ごみを自前の焼却炉などで燃やす行為も地方の条例に抵触したりする。僕の場合前者だ。友達と新聞やら薪やらを持ち寄って、石を組んで作った小さなかまどに放り込んで遊んでいたところを近所のおじさんに見つかり通報された。あの時のおじさんのクソみたいな顔つきは今でも忘れられない。慌てるちらの様子を見て明らかに楽しんでいた。

 そう、言いたいのはここなのだ。「火遊びをしていたガキをたまたま目撃したおじさんが通報した」という事実だけ見ればこちらが悪で、通報した彼が善だろうが、実際には、僕はただ好奇心から純粋に火というものをコントロールしてみたかっただけだったのである。悪事が見つかり慌てふためくこちらを見てほくそ笑むおじさんの方がよほど悪ではないか。もちろん水バケツすら用意せずマンションの隅で火遊びしていたこちらにも当然責められるべきところはあるが。

 所詮、善悪というのは都合の良し悪しを測る物差しでしかないのだ。いや、使用者によって尺は大きく伸び縮みするので物差しですらない。

以上、発掘文。

近所のおじさんめっちゃ悪役ですね。

まあ実際ろくでもないやつだったんですけど。

自分の補導歴について明かしたのって、初めてでしたよね?たぶん。

この補導をきっかけに、ろくでもない奴らがどんどん湧いて出てくるようになりました。

「雷之電は補導された」という事柄だけが広まり、事情も何も知らない近所さんが明らかに態度を変えてきたりしました。

今まで親切だったのに、ご近所付き合いとは所詮この程度だったのか、と失望しました。

もちろん進路の影響を心配してくださる優しい方だっています。

やっぱり大きいことがあると人柄がむき出しになりますね、オー怖い。