雷之電の来歴

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突然ですが皆さん、死にかけたことってありますか?

僕はあります。

なんなら今もちょくちょく死にかけています。

何から話しましょうか……

まだ高校生ながら僕の半生(まだ半分も生きてないのにね)はかなり濃厚で、すべてお話するとなるととんでもない文量になってしまうもんで。

ちなみに決して褒められるような半生ではないですよ。

それでもやっぱりできる限り全て伝えたいので、ここに書こうと思います。

ここから先長くなるので、スクロールしていって気になるとこだけ読むってのもアリです。

では行こう

雷之電の半生

小学生低学年、授業中にイスを投げる

僕はとにかく人とのコミニュケーションがハチャメチャでした。

少しでも気に入らないことがあるといきなり怒り出してまわりに当たり散らすのです。

とにかくうるさい環境が大嫌いで、授業中に騒がしくなると大声出しながら自分の席のイスを投げ飛ばすんです。

そんな暴れん坊だったので毎日のように学校から電話があり、そして母に叱られていました。

あの頃の母は叱るとき自分の感情を表に出さず、「怒る」でなく「叱る」ということができていました。しかし数年後、修羅に変貌します……

まあこの時も別の意味で修羅のようだったんですがね。

一言で言えばキ◯ガイでした。

日本語通じませんでした。

でも年をおうごとに正気に戻ってきた感あります。

理不尽さがなくなってきてます。

それでも修羅ですが。

小学生高学年、遂に支援学級を勧められる

高学年になっても問題行動は続きます。

友達と喧嘩したりすると落ち込んで、授業中だろうが構わず勝手に教室を飛び出して学校の広い敷地の目立たないところに隠れてしまいます。

敷地の中には人工的な林なんかもあって、そこに隠れてしまえば見つけることはほぼ不可能です。

その間は授業が止まっているわけですから、大迷惑。

そんな問題行動を繰り返した結果、遂に担任から支援学級へ入ることを勧められます。

しかし当然親も僕も反対します(大迷惑ですね)。

支援学級には僕よりも個性の強い子がたくさんいます。

そんな中に「うるさい環境」が超苦手な僕を放り込んだら発狂しますね。

そして同時期、どうしても反りの合わなかった子、Y.O君というのがいました。

こいつもまあいろんな意味でもの凄い子で……

後で知ったのですが、その子はADHDだそうです。

しかし今思うとADHDはそこまで重いものではなく、あれは親のやり方がまずかったとしか思えません。

親もまたもの凄い方でした。いろいろマジで恐かった。

そのY.O君はいつも僕に嫌がらせをしてくるんです。

それを友達と2人で倍返ししていたら、担任に「いじめ」と言われ……

毎回向こうがけしかけてくるのにその言い方はなくない?と。

ひねくれている僕の行動はどんどんエスカレートするばかり。

中学校1年生

1年生のときは割と落ち着いていました。

定期テストでは学年12位になったりと、当時はめっちゃ勉強を頑張っていました。

しかし宿題だけはやらないんです。

勉強はバリバリやってるのに、なぜか宿題だけは頑なにやらないんです。

なんででしょうか。

僕はやれと言われると急にやる気をなくしちゃうんですね。

んで、夏休み。

もちろん宿題が出ます。

決して多くありません。本気出せば一週間で全部終わるような量です。

毎日均等にノルマを割り振って少しずつ進めていくのが我が家の決まりです。さっさと終わらせて豪遊したい派の僕からすればクソみたいな決まりですが。

親が決めたルールなので、僕はやる気が起きません。

サボりぐせがあるので、毎日母がノルマをチェックしに来ます。

その日は朝から家族が外出するというので、宿題もせず夕方までパソコンでゲームしていました。

母は発狂します。

3DSを勝手に持ち出してきました。

ああ、お決まりのパターンだ……

母は発狂するとDSを破壊します。姉も一度DSを破壊されていますが、修理に出したか、あるいは新しく買ってもらっていました。

慣れた手付きで蝶番のところを逆方向にへし折られました。

そういえば蓮舫も同じことやって叩かれてましたね。いい気味だ

うちの阿修羅もああやって集中砲火されればいいのにとつくづく思います。

しかも、修理代出してって言っても、「あれはあんたが悪いんでしょ」の一点張り。

犯罪に理由付けとは……

窃盗&器物破損、勝てます。

でも弁護士費用より修理代のほうがずっと安いので、あの手この手で1万円分の損害を与えました。

ほんとは修理代として堂々と請求しないと腹の虫が治まらないのですが、これで我慢しますわ。

クソみたいな理由つけて犯罪を正当化しようとするなんてね、いくら親でも流石にないわ。

中学校2年生、補導される

あれは忘れもしない6月3日、剣道部をサボりがちな僕は、その日も仲のいい2人と適当な理由で帰りの部活をサボっておりました。

んで、学校からの帰り道、各自で道具を持ち寄って焚き火して遊ぼうってことになったんです(何でや)。

僕がライター、他の子が燃焼補助のための新聞紙。

拾った枝や角材の下に新聞紙を丸めて突っ込み、燃やして遊んでいました。

ただの焚き火です。場所がド田舎ならなんの問題もありませんでした。

しかしここは市街地のど真ん中にそびえるマンションの敷地内。

近所のおじさんに見つかり通報されました。

このクソジジイ、僕たちといる間ずっと半笑いなんですよ。

通報するのはまあ正しい行為なので逆恨みもしませんが、こっちのことを弄んでいるようで本当に気味が悪かったです。

クソジジイがいきなり名前と住所、電話番号をメモ帳に書くように言ってきましたが、何で見ず知らずのジジイに個人情報を渡さなきゃいけないんだと思い全てデタラメで書きました。

もちろん警察には正しい情報を伝えましたよ。

クソジジイとはお別れし、歩いて警察署に向かいます。え、なんでパトカーじゃないのかって?

巡査さんが白バイで来ちゃったんです 笑

署でいろいろ状況を話し、反省の言葉を述べ……って感じです。

「水バケツくらい用意しとけよww」て言われました。

そりゃそうですね。

家に帰り今度は親に4時間正座で説教。

途中で緊張から胃痙攣起こしましたww

翌日は先生から説教……じゃなかったです。十分反省してるみたいだからと状況の説明で終わりましたが、顧問の先生からは部活サボったことと補導されたことで二重で叱られました。

生活指導の先生は「アホかww」で終わりました。生活指導の意味ないですね(こういうことやるガキの心理に理解のある先生だったというのもありますが)。

中学校3年生、受験当日にガン宣告

ん〜、何か熱が下がらない。

夏休み後半での出来事でした。

近所の診療所で血液検査。あれれ、物凄い貧血だぞ?こりゃやばい、うちじゃ診れないってんで総合病院を受診すると、「白血病かも?すぐ検査入院しましょう」と言われました。

んでその病院が嫌だった僕と母上は、いろいろ理由つけて無理矢理帰ってきちゃいました。「でも近いうちにちゃんと検査してくださいね」と念を押されました。もっともですね。

結局熱は下がりました。原因はカビです。自由研究でカビが負の走行性を持つ理由を探るため育てていたカビを吸ってしまったようです。

それからは何事もなく半年後。

一度自覚症状は治った貧血でしたが、12月あたりからまた悪化し始めます。

塾の階段が上れないんです。息が切れちゃって。まだ若いのに、3階まで上ったあたりで一休み。

それでも寝不足なんだろうと思い気にも留めていませんでした(オイ)。

そのまま2月に入ります。

7日に私立高校の入試ですが、2月に入ってから高熱が下がりません。時期も時期なのでインフルエンザかなと思っていましたが、何回検査しても陰性のまま。

行きつけの診療所の先生が血液検査を勧めてきました。インフルエンザや風邪でないならこれでな何かわかるかもしれません。

それでなにがわかったかというと、貧血ですw

あまりにもひどい貧血だということで、赤十字病院へ紹介状を書いていただきました。

それが6日の出来事です。その日のうちに赤十字病院へ検査入院。半日で8回も血を取られて腕は内出血で真っ青でした。貧血で血も止まらないので、半年くらい青いままでしたね。

入試には出られないと学校に連絡。めちゃ心配してました。

人生初の骨髄検査の結果、おめでとうございます。急性リンパ性白血病です。

すぐに治療を始めたいと言われましたが、こちらも準備が必要です。とりあえず輸血して、身辺整理のために一日だけ帰らせていただきました。

地獄の始まり

テレビでくらいしか名前を聞いたことがなかった「癌」。親戚にも罹患した人はいなかったのに、まさかこの年で自分が罹るとは……

さっそく治療開始です。もともとあった起きていられないほどの倦怠感に、抗がん剤が追い打ちをかけます。

あの時使っていた心電図モニタの音、今でも思い出すだけで気分が悪くなります。

日中も寝たきり。食事で何度か起きるだけ。

やっと起きていられるようになった、1ヶ月後、今度は公立高校の入試です。

これは病院内で受けることができました。しかしコンディションは最悪です。

頭痛、倦怠感、吐き気、腹痛、下痢が身体の中で大暴れするなか、根性だけでなんとか乗り切りました。

死にそうな僕を、試験監督がめちゃくちゃ心配そうに見ていました。あとから聞きましたが、看護師さんに「あの子ほんとに大丈夫ですか!?」と聞いてみたりしていたそうです。

1ヶ月間ほとんど勉強できなかったのですが、なんと自分でもびっくり、満点に近い点数をとることができ、見事合格。

それから9ヶ月後、2019年1月2日、次の悲劇が僕を襲います。

人類最大級の痛み

膵炎です。

使っていた抗がん剤の中に、稀に膵炎を引き起こすものがありました。

それから1週間、人間が感じられる最大級とも言われる痛みに悶え苦しみます。

麻薬で鎮静を図りましたが、ほとんど効果なし。どんだけ強いんだよ、膵炎。

まあ当然といえば当然ですかね。消化酵素が自分の内臓を消化しているんですから。

こちらの記事に詳細を書きました。少し余裕が出てきてすぐ書いた記事なので、いろいろよくわかります。

ちなみにこの記事のあと、2週間くらい何も食べることができませんでした。

2019年2月4日現在ではこれくらいでしょうか。

何せ僕のことなので、これから先も地獄をみるに違いありません。

その都度ここに記録していくとします。